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2023年10月8日日曜日

眩しい太陽の恩恵の下で

眩しい太陽の恩恵の下で

 

 

きらめく屋根の反射光が連想させた、

遠い昔の青の中の思い出、

あの日君は去って行った、

そしてそれは同時に、

恋ばかりでなく一つの大切な友情の終焉でもあった、

 

君たちは結婚をした、

 

それは、

どこにでもある青春のドラマを、

ぼくが脇役になって作り上げたようなものだった、

 

今、

眩しい太陽の恩恵の下で、

ぼくが気付かされたのは小さく震える愛の感触だった、

 

あの日ぼくは君らを憎んだ、

そしてその憎しみはしばらく続いた、

あれからどれほどの月日を経ただろうか、

全ては過去となり、

もはや復讐する動機も熱意も消え失せていた、

 

思い出の色彩はめくるめく変化してゆき、

全てを許せる心持を手にし、

今、

眩しい太陽の恩恵の下で、

ぼくが納得できたのは愛の大きさと深さのニュアンス、

まさにそれだった。



2023年9月22日金曜日

高校国語の思い出

高校国語の思い出

 

 

もう大学生の息子や娘がいてもおかしくない、

いい年齢だが、

淋しき万年独身の私は、

つい先日、

いい感じの大学受験用漢字ドリルを書店の学習参考書棚から見つけ出して、

恥ずかしい気持ちを隠しながら思い切ってレジにもっていって購入した。

自分の書いている小説原稿が、

いつも基本的な漢字しか使っておらず、

なんだかそれが恥ずかしくなって、

日本語の語彙を強化したいと思ったから、

私は漢字ドリルを買った。

久しぶりに、

かなり久しぶりに学習参考書なんか手にして、

それを眺めていると、

遠い過去のあの時代のことが思い出された。

中学時は勉強が嫌いなのに教育熱心な親に勉強を強制され、

それでどうにか高校は進学校に入ったのだが、

「義務教育は終わったから」と言って、

まったく勉強を放棄して私はすぐに落ちこぼれ、

自分のロックバンドの活動にばかり夢中になっていた高校一年、高校二年、

学年が三年生にあがって、

たまたま自分のクラスの国語古文を担当した定年間際の先生が、

なんだかとっても優しく面白おかしい素敵なおじさんで、

私は彼が大好きになり、

そしたら急に国語の勉強も楽しく思えるようになった。

そして今度は、

誰に強要されるでもなく、

自分からすすんで勉強を楽しむようになった。

その後、

私の全科目の中で国語の成績だけがみるみる上昇していった。

漢字ドリルを手にしていると、

あの時代がとても懐かしく愛おしい、

宍戸先生、

ありがとう。



わが生涯

わが生涯

 

 

人生の早い段階で全てを言い終わってしまったから、

残された日々は、

「まだ沢山言いたいことありそうな人」のフリをするだけ。



2023年9月5日火曜日

絵描き時代のエッセンス

絵描き時代のエッセンス

 

 

私はかつて売れない絵描きだった。

絵を愛し、

絵を描くことに日々できるだけエネルギーと時間を注ぎたくて、

それでギリギリ食べていける最低限だけしかお金を稼がず、

いつも極貧の中での画業だった。

 

それからしばらくして、

絵が売れ始めたというわけではないのだが、

ちょっとした意外な運が巡ってきて、

いくらか金銭的に余裕ができた。

 

しかし、

そうなってから描いた絵には、

もはや貧乏苦闘時代の絵がもつ八方破れな美しさや刺激、危うい魅力、奇跡のバランスは存在せず、

炭酸の抜けたソーダのようなものになってしまっていた。

魂を欠いたヌケガラのような絵とでも言うべきか。

 

何かを得れば、

何かを失う、とは、

よく言ったものだが。

 

「もう一回貧乏すればまた絵がよくなるだろうか?」

そんなふうに考えることもしばしばだった。

 

その後、

紆余曲折いろいろあって、

最終的に私は絵描きを辞めることにした。

 

今現在は、

詩と小説を書いている。



アパートブルース

アパートブルース

 

 

都会生活の片隅に、

壁一枚で遮られ区切られた人間の営み、

言葉交わすことのない集団生活、

夕暮れ時、

隣の部屋から聞こえてきたのは、

歓喜の大声か、それとも、争いの泣き声か、

アパートブルース、

そのさびしさよ。



2022年11月20日日曜日

宣言

 宣言

 

 

人をナルシストと貶す前に、

君はそれほどまでには自分自身に夢中になれなかったことを、

まず最初に恥ずべきだ。



2022年11月9日水曜日

人生の王者(ある記録)

人生の王者(ある記録)

 

 

2011年の夏から2012年の夏までのちょうど1年間の間

ぼくは週30時間労働でかろうじて13万円くらい稼げる

清掃作業員のアルバイトで自活しながら

空いた時間に1枚でも多く絵を描き続け

画家としての成功を夢見、東京の片隅で生きていた

 

ぼくはあの時代がとても幸福なものだったといつも振り返る

あの頃ぼくは日々活き活きとしていた

バイト先では嫌な思いをしたこともあったが。

それもせいぜい1年間で3,4日だけ。

 

あの頃のぼくは今より更に貧乏で

何ら所有してなどいなかった

それでも

ぼくは人生の王者だった

 

思い出よ

ありがとう



女と男

女と男

 

 

女は常にリーダーなのか?

いつも彼女は彼よりも、

神の近くにいるように自然に振る舞える。

男はいつ戦闘を止めるのか?

いつも彼は彼女よりも、

涙の訳を知っている。



2022年11月8日火曜日

 

 

男はかなしい生き物だ。

負ければ敗者だし、

勝っても、

また別の意味で負け戦をやったにすぎない。

そう、

それが真実。

深いところでは。

だから、

けっきょくいつも負けてばかり。

男はそんなかなしい生き物。

男なんてかなしい生き物。

でも、

住む星が違えば、

話もかわってくるかもしれない。

もう、

地球(テラ)への転生、

やめようか?



2007年東京

2007年東京

 

 

ぼくは、

大学を出てからも、

絵を描き続けるための時間的自由を確保するため、

いつも定時で退社できるアルバイトや派遣の仕事しかやらなかった。

2007年、

ぼくは、

子供が好きだったので、

昼は学童保育指導員の派遣の仕事をして、

夜に絵を描く、

そんな生活をしていた。

しかし、

悩み事があった。

ぼくが配属されていた学童施設の主任が、

どうにもおしゃべりが好きな人で、

ほとんど毎晩のように勤務時間が過ぎても、

別にやるべき仕事が残っているわけでもないのに、

スタッフを巻き込んで延々とミーティングを長引かせるのだった。

ぼくは毎日、

一秒でも早く家に帰って絵が描きたかった。

「これじゃ残業に明け暮れてる正社員サラリーマンと同じじゃないか!」

子供が好きなのと、

それとこれとは別問題だった。

ぼくはフラストレーションでいっぱいになっていた。

あるとき、

限界が来て、

派遣会社のスーパーバイザーに、

自分の悩みをぶちまけた。

彼は、

同僚たちの間で、

「すばらしい人間性の人」と噂されていた団塊世代のおじさんだった。

彼は黙ってぼくの言い分を聞いていた。

それから少し経って、

ぼくはスーパーバイザーから呼び出された。

ゴロウ君、君は、才能はあるのかもしれないが、・・・冷たい人だね

ゴロウ君、君は、才能はあるのかもしれないが、・・・冷たい人だね

ゴロウ君、君は、才能はあるのかもしれないが、・・・冷たい人だね

それから間もなくして、

ぼくは本当に、

その派遣会社をクビになった。