小説家志望ブルース
男は小説家志望だった。
二十代のいつからか、
来る日も来る日も小説執筆のことを考え、
計画を練り、
アイデアを探し、
そしてじっさいかなりの時間を執筆に費やしていた、
そうして完成した短編、中編、長編を、
いつも素早く新人賞に応募した、
だが、
長い年月を経ても、
一向に新人賞は取れなかった。
そんなある年、
半ば諦めていたときについに奇跡が起き、
積年の夢が叶って、
男は由緒ある新人賞を獲得し、
メジャーシーンから作家デビューを果たした。
ところが、
プロの小説家になってはみたが、
蓋を明ければちっとも楽しい日々ではなかった。
その理由は、
もはや立派な職業となった小説家という仕事だが、
本業の仕事ゆえに売り上げを常時心配していなくてはならず、
それはストレスだった、
おまけに書く作品の多くが編集者からボツにされるのだった。
自分が本当に書きたかった小説がボツになり、
そんなに書きたいわけでもなかった小説が採用になって出版される、
そのジレンマにも思い悩んだ。
思い返せば、
アマチュア時代は本当に自由だった、
書きたい作品を書きたいように書いて、
自分を天才だと信じ、
この作品で栄光掴んでやるぜと、
胸の中はいつも希望でいっぱいだった、
そうしていつか文学賞を取る日のことを想像しては、
どんなに痛快だろうかと夢に描いて一人酔うのだった、
アマチュアだから、
自分の傑作をボツにする編集者など傍らにはいなかった、
アマチュアだから、
誇り高い、
自らが建てた城の主(あるじ)だった。
男はそうしてアマチュア時代を懐かしみながら、
十年ばかりプロの小説家を続けて、
そのあと気持ちに限界がきてあるとき突然筆を置いてしまい、
残りの人生は普通の務め仕事をして暮らしたのだった。
プロになる幸せと、
プロゆえの不幸、
アマチュアのままの不幸せと、
アマチュアだからこその幸福。
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